四時随順

俳句とエッセイ / やまだみのる

  • 蝋梅に綺羅の海光とどきけり

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    蝋梅に綺羅の海光とどきけり  みのる

    今から三十年ほどまえ四六時中俳句脳だったころの話である。

    週末の朝、いつものように須磨浦公園へ吟行に出かけた。その日は温かい玉日和で須磨の海は眩しい日差しを弾きながら穏やかに縮緬波を畳んでいた。そろそろ観光ホテルの庭の蝋梅が咲いているころだと足を運ぶと既に先客があった。その人はじっと蝋梅と対峙して微動だに身じろがない。

    それが恩師の紫峡先生だとすぐに気づいたけれど真剣な眼差しに近寄りがたいものを直感したので声をかけずにそっとその場を離れた。その時に見た先生のお姿はいまも瞼の裏に鮮烈に焼きついている。

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  • 浜焚火命ひろひし話など

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    浜焚火命ひろひし話など  みのる

    神戸に住み古りて三十年を超えた。職場の先輩に自称釣名人がおられ、せっかく海の近くに引っ越したのだからと誘われて須磨や垂水の波止釣りにもよくでかけた。当時はまだ浜辺で魚網や若布を干しておられる海人の姿も見られてお喋りにも付き合ってもらえ句を拾うことができた。

    近代化が進むのはよいことかもしれないけれど、そうしたよき風情をことごとく犠牲にしてきている。ヨーロッパの建物や文化のように、古きよきものを大切に守りつつ…という精神は残念ながら日本には乏しいと思う。俳句もまた然り、死語と化していく季語があとをたたないのは悲しいことだと思う。

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  • 玻璃内は冬日天国海展け

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    玻璃内は冬日天国海展け  みのる

    小路紫峡師に特訓を受けていた初学時代、週末になると須磨浦公園に出かけては句を詠んだ。あちこち吟行地をかえて移動するのは時間がもったいない気がしたので車で15分ほどで行けるここを道場だと決めて通い続けた。今から三十数年前のことである。

    冬の時期はじっと立っていると体が冷えて心も鈍くなり頭も回転しなくなる。そんなときは須磨観光ハウスにエスケープして温かいコーヒーをいただきながら推敲する。レストランの大きな玻璃窓からは須磨の海が覧けていて、たいていは穏やかな表情で縮緬波をたたんでいる。

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  • 生涯の一転機とし日記果つ

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    生涯の一転機とし日記果つ  みのる

    月並みな話題になるが人の生涯においてターニングポイントになるシーンは何度かある。今がまさにその時と感じるときもあるけれども、たいていは来し方を振り返って “あのときがそうだったかもしれない…” と思うことのほうが多い。

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  • 無為といふ至福の時間日向ぼこ

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    無為といふ至福の時間日向ぼこ  みのる

    星野富弘さんの詩には不思議な癒やしの力があると思う。私たちは若くして身体的に大きな障害を背負われた星野さんの境遇を知っている。そういう先入観で詩を鑑賞するからだらだろうか。いや、そうではないと思う。

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